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福岡地方裁判所 昭和33年(ヨ)40号 判決 1958年5月30日

申請人 西田米作

被申請人 国

主文

被申請人が昭和三十一年九月二十二日附で申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

被申請人は申請人に対し金十六万円を支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請人代理人は、主文第一、第三項と同旨、及び「被申請人は、申請人に対し金四十万二千二十六円並びに昭和三十三年三月十日以降毎月十日までに金二万八百七十七円を支払え。」との裁判を求め、その申請の理由として、

一、申請人は、昭和二十五年七月七日から米極東空軍二七一六火薬補給部隊(通称山田部隊、以下「山田部隊」という)の消防夫として被申請人に雇傭され、その後同部隊の消防自動車運転手として勤務していたが、昭和三十年十一月八日(申請書に三日とあるは誤認と認める)附で「日本人及びその他の日本在住者の役務に関する基本契約及び同附属協定第六九号(以下「労務基本契約」及び「附属協定」という)に基く「保安上の理由」という名目で出勤停止処分をうけ、次いで昭和三十一年九月二十二日附で右と同じ理由によつて解雇された。

二、しかしながら、右解雇は次のような理由によつて無効である。

(一)  本件解雇は、労務基本契約及び附属協定によつて定められた解雇権制限の基準に違反し無効である。

被申請人は、労務基本契約及び附属協定によつて、日本に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以不単に「駐留軍」という)の保安上危険な駐留軍労務者を解雇できる権限を確認されている反面、保安上危険でない労務者を解雇してはならないという解雇権の自己制限をうけ、附属協定に定める保安基準のいずれかに該当する場合でなければ「保安上の理由」によつて解雇することはできないものである。ところで、申請人は、駐留軍の保安上危険な労務者ではないし、また駐留軍の保安について危険を及ぼすような行為をしたこともない。従つて、本件解雇は、労務基本契約及び附属協定によつて定められた解雇権制限の基準に違反しているから無効である。

(二)  本件解雇は、労働契約における信義則に反し且つ解雇権の濫用であり無効である。

駐留軍労務者が客観的に保安基準に該当する場合にのみ、「保安上の理由」による解雇をなすということは、労務基本契約及び附属協定によつて、駐留軍、日本国政府及び労務者との間の労働関係を支配する信義則の内容となつているのであるが、申請人は保安基準に該当する客観的事実がないのに「保安上の理由」によつて解雇されたのである。これは、被申請人若しくは申請人の使用主である駐留軍の単なる主観的判断によるものであり、しかもこれによつて、申請人は職を失い路頭に迷わなければならない結果となるのである。従つて、斯様な本件解雇は、信義則に違反し且つ解雇権の濫用であるから無効である。

(三)  本件解雇は、不当労働行為として無効である。

(1)  申請人は、昭和二十八年五月山田部隊勤務の労務者によつて全駐留軍労働組合(以下「全駐労」という)小倉支部山田分会が組織された際、その結成運動に参加し、同分会結成とともにその執行委員に選任され、昭和二十九年三月山田分会長兼小倉支部執行委員、青年婦人部長となり、昭和三十年四月山田分会書記長兼小倉支部執行委員となつたが、本件解雇にともない小倉支部執行委員を辞任し山田分会書記長となつたものである。この経歴の示すように、申請人は、全駐労小倉支部山田分会の結成以来組合役員を歴任し、山田分会長及び小倉支部における中心的な組合活動家の一人として活動してきたのであるが、特に、山田分会の組合員は山田部隊周辺の農家出身者が多く且つ部隊の所在地が都心部を離れた山間地帯にあるため組合意識が一般に低調で、分会結成後の昭和二十八年の全駐労の統一闘争には同分会だけが参加できない程の状態であつたため、終始、その組合意識を昂揚せしめて組合員の結束を図ることに努力してきたのである。

(2)  そして、申請人の本件解雇に至るまでの主な組合活動は次のとおりである。即ち、

申請人は、昭和二十八年の全駐労の統一闘争後、駐留軍の圧迫によつて山田部隊の消防係の労務者十数名が山田分会を脱退した際には、その脱退を防止すべく奔走し、申請人一人だけは最後まで脱退しないで組合に止まり、昭和二十九年三月山田分会長に選任されてからは、同年夏頃起きた山田部隊労務者村上賢児の班長不当格下げ問題を取上げて山田分会組合員の組合意識の昂揚に努力し、種々の大衆運動の結果右村上問題を解決することに成功し、昭和三十年に至つて、右村上賢児外数名が保安上の理由で出勤停止になり村上以外の者は間もなく復職したのに村上だけが復職を認められないという事件が起きるや、同人に対する出勤停止処分を撤回させるため実力行使をも含むあらゆる闘争態勢をとるよう準備したが、その最中の同年十一月八日申請人自身が「保安上の理由」で出勤停止の通告をうけ、次いで昭和三十一年九月二十二日右と同じ理由で解雇されたのである。

(3)  ところで、右のような組合運動は、当時駐留軍から極端な悪意をもつてみられ、ことに、山田部隊は基地内における組合員の会合や説得を禁止する旨の掲示をしたりして組合活動を圧迫する方針をとつていたが、なかでも申請人はその活発な組合活動のゆえに忌み嫌われ、申請人に対してのみは勤務が終り次第直ぐ帰れと督促されたり、或る時は某軍曹に呼ばれて組合を脱退せよと強要され、また前記村上問題が起きてからは日頃申請人と挨拶を交わしていた山田部隊の司令官の態度も一変し、申請人の挨拶に対して横を向くという有様で、申請人の組合活動はたえず有形無形の圧迫を加えられていた。

(4)  以上のような、申請人の全駐労小倉支部及び山田分会における地位、申請人の日頃の熱心な組合活動、山田部隊関係者の組合活動に対する一般的な悪意、特に申請人の組合活動に示された嫌悪、圧迫等の諸事情と、村上賢児に対する出勤停止処分問題をめぐつていよいよ山田分会の実力行使計画が軌道に乗ろうという矢先に、しかも申請人が何ら保安基準に該当しないのに「保安上の理由」で解雇されたという事実とを合わせ考えると、本件解雇は、「保安上の理由」に名を借りた組合弾圧とみるほかなく、申請人に対する解雇の決定的な動機は申請人の正当な組合運動にあつたものといわなければならない。

従つて、本件解雇は、労働組合法第七条第一号の禁止する不当労働行為として無効である。

三、賃金請求権

前記二によつて明らかなように、本件解雇は無効であり、従つてまたそれと同じ理由によつてなされた出勤停止処分も不当なものというべきところ、申請人が昭和三十年十一月八日出勤停止処分をうけるまでの過去一年間における平均賃金手取月額は二万八百七十七円であつたが、申請人は、右出勤停止処分以降昭和三十一年九月二十二日解雇されるまでの間は右賃金の六割を支給され、解雇されたのちは一切の賃金の支給をうけていない。

従つて、申請人が不当な出勤停止処分をうけたことによつてえられなかつた賃金額は一ケ月平均八千三百五十一円で、出勤停止期間中の合計額は八万三千三百四円であり、また解雇されて以降昭和三十三年一月末日までに申請人がえられなかつた賃金合計額は三十一万八千七百二十二円である。よつて、申請人が出勤停止及び解雇によつて失つた賃金額は、昭和三十三年一月末日までの分を総計すると四十万二千二十六円となるが、この金員は現在申請人が被申請人に対して請求できるものである。

なお、本件解雇が無効である以上、被申請人は、申請人に対し昭和三十三年三月十日以降毎月十日までに前月分の賃金相当額二万八百七十七円を支払うべき義務がある。

四、仮処分の必要性

申請人は、一介の労働者で失職すれば直ちに生活に困ることは当然である。

そこで申請人は、本件解雇後間もなく福岡地方労働委員会に対し、福岡県知事を相手方として不当労働行為救済の申立てをなしたところ、同委員会は、審問の結果昭和三十三年一月七日附で、「一、被申立人(福岡県知事)は西田米作に対する昭和三十一年九月二十二日附解雇を取消し、原職に復せしめなければならない。二、被申立人は西田米作に対し昭和三十一年九月二十二日から原職復帰までの間に受くべかりし給与相当金額を支払わなければならない。三、申立人のその余の申立を棄却する。」旨の命令をなした。

しかるに福岡県知事は、右命令に対し昭和三十三年一月二十三日再審査の申立をなし、未だに申請人を原職に復帰させないしまた申請人に対する賃金の支払もしない。そのため、申請人は、最低生活を維持して行くことさえ困難であるから、新たに被申請人を相手方として解雇及び出勤停止無効確認並びに賃金支払請求の本案訴訟を提起するよう準備中である。しかし、その判決を待つていては、申請人は将来回復することのできない損害を蒙るおそれがある。

よつて、右本案判決確定に至るまで、本件解雇の意思表示の効力を停止し且つ未払賃金及び将来不払を予想される賃金の仮の支払を命ずる旨の仮処分を求める。

と述べた。(疎明省略)

被申請人指定代理人は、「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求め、答弁として、

一、申請の理由一の事実を認める。

二、申請の理由二の(一)(二)の主張はいずれも争う。

申請の理由二の(三)の各事実中、(1)の事実、(2)の事実のうち申請人が昭和二十九年三月全駐労小倉支部山田分会長に選任されてのち同年夏頃起きた山田部隊労務者村上賢児の班長不当格下げ問題を取上げて、山田分会組合員の組合意識の昂揚に努力し、種々の大衆運動の結果右村上問題を解決することに成功したこと及び昭和三十年に至つて右村上賢児外数名が保安上の理由で出勤停止になつた際、申請人が村上に対する出勤停止処分を撤回させるために実力行使を含むあらゆる闘争態勢をとるよう準備していたところ、その最中の昭和三十年十一月八日申請人自身が保安上の理由で出勤停止の通告をうけ、次いで昭和三十一年九月二十二日右と同じ理由で解雇されたこと、並びに(3)の事実のうち山田部隊が基地内における組合員の会合や説得を禁止する旨の掲示をしていたことは認めるが、その余の事実及び本件解雇が申請人の組合活動のゆえになされたものであるとの主張はいずれも争う。

三、本件解雇が無効でない理由は次のとおりである。

(一)  本件解雇の経緯

(1)  保安解雇の手続

労務基本契約第七条は、米国側契約担当官が日本国政府の提供した労務者を引続き雇傭することが米国の利益に反すると認めたときは即時その解雇手続をとるものとし、契約担当官のこの決定は最終的なものと規定している。そして、右基本契約第七条による解雇(いわゆる保安解雇)の具体的手続は、附属協定によつて次のとおり定められている。

駐留軍側で労務者が附属協定第一条a項に規定する保安基準に該当すると認めた場合は、日本国政府は、駐留軍側の通知に基き最終的な人事措置の決定があるまで、当該労務者が施設及び区域に出入することをただちに差止めるものとし(第一条b項)、駐留軍側で当該労務者が前記保安基準に該当するか否かを決定するについては、駐留軍側の保安の利益の許す限り該当事由を日本国政府に通知し、日本国政府はこれに対して情報を提供し意見及び見解を述べることができるが(第一条c項)、駐留軍側で当該労務者が駐留軍側の保安に危険であり又は脅威となるものと決定した場合は、日本国政府は駐留軍側の要請に応じて必要な人事措置をとるものとされている(第一条d項)。

而して、以上の実施細目手続は次のように定められている(第三条及び第五条c項乃至e項)。

(イ) 駐留軍の指揮官において、労務者が保安上危険であるとの証拠又はその他の情報を得た場合は、指揮官はただちに当該労務者を駐留軍側の施設又は区域から排除することができ、労務管理事務所長に対し当該労務者の出勤を停止するよう要求するものとする。しかして労務管理事務所長は当該指揮官の要求に従うものとする。

(ロ) 駐留軍の指揮官において、労務者が保安上危険であるとの理由で解雇するのが正当であると認めた場合は、指揮官は駐留軍側の保安上の利益の許す限り解雇理由を文書に認めて労務管理事務所長に通知し、同所長は三日以内に意見を回答する。

(ハ) 当該指揮官は、更に検討のうえ嫌疑の根拠がないと認めればその後の措置をとらないが、労務管理事務所長の意見を検討してもなお保安上危険であると認めた場合は上級司令官に報告する。

(ニ) 上級司令官は、調達庁長官の意見も考慮したうえ審査し、保安上危険でないと認めれば復職の措置を、保安上危険であると認めれば解雇の措置をとるよう当該指揮官に命ずる。

(ホ) 上級司令官より解雇の措置をとるよう命ぜられた当該指揮官は、労務管理事務所長に対して解雇を要求する。

(ヘ) 労務管理事務所長は、当該労務者が保安上危険であることに同意しない場合でも、解雇要求の日から十五日以内に解雇通知を発するものとする。

(2)  本件解雇に至るまでの経過

本件解雇は、右附属協定に基き次の手続を経てなされたものである。

(イ) 昭和三十年十一月四日附で板付空軍基地労務連絡将校リンカーン・シー・マツケイ大尉より小倉渉外労務管理事務所長に対し、附属協定第三条の規定に基いて申請人を出勤停止するよう要求があり、同所長は、同月八日附で申請人に対して出勤停止の通告を行つた。

(ロ) そして右労務連絡将校より小倉渉外労務管理事務所長宛の昭和三十年十二月六日附の通知書によれば、指揮官は、申請人が附属協定第一条a項の(2)の基準に該当すると決定した旨示されているのみで、その具体的事実は示されていなかつたが、同所長は、同月二十七日これに対する意見を回答した。

(ハ) 極東空軍司令官は、昭和三十一年四月十九日附の調達庁の意見を充分考慮したうえで、申請人を保安上の理由で解雇することに決定し、同年八月三十日附で前記労務連絡将校より小倉渉外労務管理事務所長に対し解雇請求書が提出されたため、同所長は、同年九月二十二日附で申請人を解雇したものである。

(二)  本件解雇は、労務基本契約及び附属協定に違反しない。

申請人は「労務基本契約及び附属協定によつて、被申請人は保安上危険な労務者を解雇できる権限を確認されている反面、保安上危険でない労務者を解雇してはならないという解雇権の自己制限をうけている。」旨主張するが、この見解は誤つている。即ち、駐留軍労務者は、日本国政府において雇傭するものであるが、その使用者は駐留軍であつて、労務の管理は勿論、その採用及び解雇も専ら駐留軍の決するところに従つてなされるものであり、しかも本来解雇は、使用者の任意になしうるところであつて正当の理由があることを必要としないものであるから、右労務基本契約及び附属協定によつて、はじめて保安上危険な労務者を解雇する権限を与えられたものであるということはできない。また、前記基本契約及び附属協定によつて自らの解雇権又は出勤停止権を右協定所定の保安基準該当事実の存在する場合に限定したものでもない。すなわち、右附属協定によれば、前述のように駐留軍が保安上の理由で解雇の意思決定をするのは、米国の保安に危険又は脅威となるとの認定にのみ基くのであつて、この認定は専ら駐留軍の主観的判断に止まり、客観的に保安基準に掲げる事実の存在を要求しているものではなく、しかも事柄の性質上、右駐留軍の判断については客観的妥当性の評価も許されないのである。

このことは、元来駐留軍は日本国に駐留する外国軍隊たる性質上高度の機密保持の必要性があり、当該労務者の雇傭の継続が軍の如何なる利益に反するかとの点につき具体的該当事実を示すこと自体が却つて軍の安全を脅かす結果となるわけであるから、これを明示することを要しないとしていることからも明らかである。従つて、駐留軍において「保安上の理由」から労務者を排除する必要があるとする以上、その駐留軍の決定は最終的なものとして、日本国政府はこれに拘束され、たとえ日本国政府において当該労務者が保安基準に該当する事実を確認しなくても解雇を行わなければならないのである。

以上のとおりで、本件解雇はまさに労務基本契約第七条及び附属協定所定の手続に従つてなされたものであるから、有効であるといわなければならない。

(三)  本件解雇は、信義則違反でなく解雇権の濫用でもない。

保安解雇については、前述のとおり高度の機密性が要求され、駐留軍より本件解雇の理由となつた保安基準の(2)号に該当する具体的事実を示されていないので、被申請人はこれを主張し疎明することができないのであるが、保安解雇について駐留軍側において採られる人事措置は次のとおり厳正公平な手続と審議を経てなされるものである。即ち、基地司令官から報告された保安容疑事件について、極東空軍司令官が解雇の決定をなすまでには、中佐及び大佐級の良心的且つ公平な委員をもつて構成される極東空軍保安委員会において慎重に審議され、更に第三者たる幕僚機関において、保安上の危険人物として報告された労務者が保安以外の他の理由で排除する口実として用いられていないかどうかが審査され、もつて人間として可能な限りの偏見のない公正な決定がなされるよう担保されているのである。

従つて、本件解雇要求も右のように厳正且つ公平な手続を経てなされているものであるから、保安基準該当の具体的事実の主張、疎明がない故をもつて、ただちに本件解雇は駐留軍のでたらめな主観的判断によるもので解雇権の濫用であるということはできない。

更にまた、本件解雇は、その雇傭関係に即して考察すると信議則に違反するということもできない。即ち、駐留軍労務者は、前述のとおり日本国政府に雇傭されているけれども、その使用者は駐留軍であつてその指揮監督をうけ、その採用、雇傭とも専ら軍の決するところなのである。而して駐留軍はその性質上高度の機密保持を要求されることは当然であり且つ日本国に駐留する外国軍隊であるから、その使用関係は一般の雇傭関係と著しく趣を異にし同日に論ずることはできない。

本件解雇は、駐留軍が機密の保持に害があるとの判断に基いてなされたものであるが、前記労務基本契約によれば、軍においてそのように判断を下すときは、雇傭者である日本国政府はその判断に拘束される関係にあるので、このような特殊の契約上の立場に置かれる駐留軍労務者は一般の雇傭契約における労働者に比べ、本来不安定に運命ずけられているものといわなければならない。

従つて、本件雇傭契約の特殊性に鑑み、駐留軍の主観的な判断に基いてなされた本件解雇は契約上の信義則に違反するものではない。

(四)  本件解雇は、純粋に保安上の理由に基くものであつて、不当労働行為ではない。

本件解雇は、前述のとおり駐留軍が保安基準の(2)号に該当すると認定して解雇措置を要求したことに基いてなされたものであつて、申請人主張のように申請人の組合活動を理由としたものではない。

申請人は、本件解雇は「保安上の理由」に名を借りた組合活動家排除の一事例であると主張するのであるが、駐留軍においては、労働組合運動は民主的社会生活を営むうえにおいて必要なものとの充分な認識を有し、健全なる労働関係を維持することは極東軍及び極東空軍の最上指令であり、仮にも組合活動に対し支配介入するが如きことがあれば軍の方針として速かにこれが排除措置を講じているので、軍には、組合の積極的活動家であつた故をもつて申請人を解雇し更には組合を圧殺せんとするが如き意図は毫もなく、本件解雇は純粋に「保安上の理由」に基くものであつて不当労働行為の介在する余地は全くないのである。

四、申請の理由三の事実中、申請人が出勤停止処分をうけるまでの過去一年間における平均賃金手取月額が二万八百七十七円であつたことは認めるが、その余の事実は争う。

五、申請の理由四の事実中、申請人が福岡地方労働委員会に対しその主張のような不当労働行為救済の申立をなしたところ、同委員会は申請人主張のような命令をなしたこと、及び福岡県知事が右命令に対し再審査の申立をなしたことは認めるが、その余の事実を否認する。

本件仮処分の必要性はない。即ち、申請人は、昭和三十二年七月から現在まで全駐労小倉生活協同組合理事として勤務し、月額約一万円の収入をえているので、生活に困るという虞はないから、本件仮処分はその必要性がない。

と述べた。(疎明省略)

理由

一、申請人が昭和二十五年七月七日から山田部隊の消防夫として被申請人に雇傭され、その後同部隊の消防自動車運転手として勤務していたところ、昭和三十年十一月三日附で「保安上の理由」という名目で出勤停止の通知をうけ、次いで昭和三十一年九月二十二日附で右と同じ理由によつて解雇の通知をうけたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第三、四号証の各一、二によると、右解雇は附属協定第一条a項の(2)の基準に該当するものとしてなされたものであることが認められる。

二、ところで申請人は右解雇は無効であると主張するので以下検討する。

(一)  まず、申請人は、「本件解雇は労務基本契約及び附属協定によつて定められた解雇権制限の基準に違反し無効である」と主張するので判断する。

日本国は、アメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定により駐留軍(日本に駐留する合衆国軍隊)のために労務者を提供するのであるが、労務基本契約(成立に争のない甲第五号証の一)及び右行政協定第十二条、昭和二十七年法律第一七四号国家公務員法等の一部改正法律によれば、労務者は駐留軍の指揮監督に服して勤務するものであつて、駐留軍に使用されるものであるけれども、雇傭主は日本国であり、その雇傭関係は私法関係であつてもとより労働関係諸法令の適用をうけるものであるが、右労務基本契約第七条によれば、特にいわゆる保安解雇について、「契約担当官において日本国政府の提供した労務者を引続き使用することが合衆国政府の利益に反すると認めるときは、即時その使用を終止するものであり、契約担当官のこの決定は最終的なものとする。」旨規定されている。

そして、成立に争のない甲第五号証の二(乙第一号証も同一内容)によると、附属協定は、右労務基本契約第七条に基く解雇の基準とその手続を定めたものであるが、その保安解雇の基準は、第一条a項において

(1)  作業妨害行為、牒報、軍機保護のための規則違反、又はそれらのための企図、若しくは準備をなすこと。

(2)  A(合衆国)側の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的に且つ反覆的に採用し、若しくは支持する破壊的団体又は会の構成員たること。(3)前記(1)号記載の活動に従事する者又は前記(2)号記載の団体、若しくは会の構成員と、A側の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的に或は密接に連繋すること。と定められており、その解雇の手続は、第一条b項乃至d項、第三条、第五条b項乃至e項において、被申請人の答弁三の(一)の(1)欄記載のように定められていることが認められる。

以上のような労務基本契約及び附属協定の規定に徴すると、駐留軍労務者が(1)乃至(3)の保安基準に該当するかどうかの判断は、終局的には駐留軍の主観的判断に委ねられ、日本国側は、駐留軍が保安基準に該当すると認めて解雇要求をした労務者については、たとえ当該労務者が保安基準に該当する事実を確認しない場合でも駐留軍側の判断に拘束されて、これを解雇すべきことを約しているものというべきであるから、保安基準に該当する事実が客観的に存在する場合に始めて、日本国政府は労務者を解雇できると解することはできない。即ち、保安基準に該当する客観的事実の存在は解雇権行使の要件とはなつていないといわなければならない。又附属協定は、保安基準該当の事実が客観的に存在する場合に限つて保安解雇をなす旨解雇権を制限しているものとは解せられないから、たとえ後記認定のように申請人に保安基準該当の事実が客観的に存在しなかつたとしても、そのことの故に本件解雇が無効であるということはできないのである。

(二)  次に、「本件解雇は労働契約における信義則に反し且つ解雇権の濫用であり無効である。」との申請人の主張について判断する。

前記認定のように、本件解雇は、申請人が保安基準の(2)号に該当するものとしてなされたのであるが、被申請人において駐留軍側より、申請人が右基準に該当する具体的事実を示されていないことは、被申請人の自認するところであり、しかも右基準に該当する事実の存在については、被申請人の提出援用する全疎明によつてもこれを認めることができず、他にもこれを認めるに足りる疎明は存しない(成立に争のない乙第十五号証は本件解雇に関する調達庁の意見の記載にすぎないので、これをもつて保安基準該当の事実を認める疎明とはなし難い)。

もつとも、成立に争のない乙第五号証の一乃至三によると、本件のような保安解雇について極東空軍司令官が解雇の決定をなすまでには、その諮問機関である極東空軍保安委員会(中佐及び大佐級の軍人、軍属によつて構成される)において慎重に審査され、更に他の関係幕僚機関によつて、当該労務者を保安以外の他の理由で排除する口実とされていないかが審査されたうえ、司令官において保安基準該当の有無を決定する手続になつていることが認められるので、本件解雇もこのような手続を経てなされたものと推認できるのであるが、このような手続を経たという事から、直ちに申請人に保安基準の(2)号に該当する事実があつたと推認することはできない。

そこでかくのごとく何等具体的な事実を明示せずしてなす解雇が労働契約における信義則に違反し解雇権の濫用といえるかどうかについて判断するに、駐留軍労務者の場合は、前記認定のとおり日本国に雇傭されているけれども、その使用者は駐留軍であつてその指揮監督をうけ、その採用と解雇も専ら駐留軍の決するところにまかされているのである。而して、駐留軍はその性質上高度の機密保持を要求することは当然であり且つ日本国に駐留する外国軍隊であるから、その使用関係は一般の雇傭関係と著しく趣旨を異にすることは止むをえないところである。しかも、前記認定のように、駐留軍労務者が保安基準に該当するかどうかの判断は、終局的には駐留軍の主観的判断に委ねられ、日本国側は、駐留軍が保安基準に該当すると認めて解雇要求をした労務者については、たとえ当該労務者が保安基準に該当しないと考えた場合でも、駐留軍の判断に拘束されて必要な人事措置をとらざるをえない関係にあるのであるから、このような特殊な契約上の立場に置かれる駐留軍労務者は一般の雇傭契約における労働者と比べ不安定に運命ずけられているものと解しなければならない。

従つて、右のような本件雇傭契約の特殊性に鑑み、本件解雇は、申請人が客観的に保安基準に該当すると認むべき具体的事実を明らかにせずしてなされたものとはいえ、この故をもつて直に右解雇が契約上の信義則に違反し解雇権の濫用として無効であるとは速断できない。

(三)  次に、「本件解雇は不当労働行為として無効である。」との申請人の主張について判断する。

申請人が、昭和二十八年五月山田部隊勤務の駐留軍労務者によつて全駐労小倉支部山田分会が組織された際、その結成運動に参加し、同分会結成とともにその執行委員に選任され、昭和二十九年三月山田分会長兼小倉支部執行委員、青年婦人部長となり、昭和三十年四月山田分会書記長兼小倉支部執行委員となつたが、本件解雇にともない小倉支部執行委員を辞任し山田分会書記長となつたものであること、この経歴の示すように申請人は全駐労小倉支部山田分会の結成以来組合役員を歴任し、山田分会及び小倉支部における中心的な組合活動家の一人であつたこと、特に、山田分会の組合員は山田部隊周辺の農家出身者が多く且つ部隊の所在地が都心部を離れた山間地帯にあるため組合意識が一般に低調で、分会結成後の昭和二十八年の全駐労の統一闘争には同分会だけが参加できない程の状態であつたため、申請人は、終始、その組合意識を昂揚せしめて組合員の結束を図ることに努力してきたこと、については当時者間に争がない。

そして、成立に争のない甲第三号証の二、四に証人浜田寛治の証言を併せ考えると、申請人の本件解雇に至るまでの主な組合活動としては、次のとおり認めることができる。即ち、

昭和二十八年八月の全駐労の統一闘争後は、山田部隊においても労務者に対する勤務上の指揮監督がきびしくなるなどの圧力が加えられるようになつたため、同年九月頃には同部隊の消防係の労務者十数名が山田分会を脱退するに至つたのであつたが、その際申請人は、脱退を防止すべく奔走し、申請人一人だけは最後まで脱退せず組合に止まつたこと、昭和二十九年三月申請人が山田分会長に選任されてからは、同年夏頃山田部隊労務者村上賢児の班長不当格下げ問題が起きるや、分会員の組合意識の昂揚のためにも必要であると考えてこれを取上げ、組合闘争を計画し、山田分会の総蹶起大会の開催、デモ行進などの種々の大衆運動のうえ山田部隊関係者と交渉して、昭和三十年四月一日から村上を副班長に格上げするとの回答をえて右村上問題を一応解決することに成功したこと(申請人が村上問題を取上げ大衆運動のうえ同問題を解決することに成功したことについては当事者間に争がない)。しかしながら、昭和三十年三月に至るや、右村上は保安上の理由で出勤停止処分をうけ、同人の副班長格上げ成功も名目だけのものとなつたので、申請人は村上に対する出勤停止処分を撤回させるための闘争に専従すべく同年四月分会長を辞して分会書記長となり、実力行使をも含むあらゆる闘争態勢をとるよう執行委員会で決定するなど闘争計画を推進していたところ、その最中の同年十一月八日申請人自身が「保安上の理由」で出勤停止の通告をうけ、次いで昭和三十一年九月二十二日右と同じ理由により解雇されたこと(村上に対する出勤停止処分後、その処分撤回のための闘争計画を推進中、申請人自身が出勤停止の通告をうけ、次いで解雇されたことについては当事者間に争がない)、が認められる。

そして他面、山田部隊が基地内における組合員の会合や説得を禁止する旨の掲示をしていたことについては当事者間に争がなく、前掲各疎明によると、申請人のみは同部隊関係者より勤務終了後はただちに帰宅せよと督促されたり、或る時は組合を脱退せよと要求されたり、また村上問題が起きてからは日頃申請人と挨拶を交わしていた同部隊の司令官の態度も変わり、申請人の挨拶に対して横を向くような態度をとるようになつていたことが認められる。

以上認定の各事実によると、申請人が山田部隊における組合運動の中心的活動家の一人として活発な組合活動を展開し、組合員の組合意識の昂揚につとめていたが、そのことのために山田部隊関係者より嫌忌されていたことを確認するに難くなく、このことに加えて、前記のように本件解雇は「保安上の理由」という名目によつてなされたものであるとはいえ申請人にその理由とすべき保安基準に該当する具体的事実の存在を確認すべき何等の疎明がなく、しかも本件解雇の前提処分としてなされた申請人に対する出勤停止は、申請人が村上賢児に対する出勤停止処分撤回をめぐつて実力行使計画を推進中になされたものであることを考え合わせると、駐留軍の解雇要求ひいて本件解雇は、実質的には申請人の労働組合運動を理由とするものと認めざるをえない。

被申請人は、「駐留軍は労働組合運動に理解を有しているので本件解雇には不当労働行為の介在する余地は全くない。」旨主張しているところ、成立に争のない乙第六乃至第八号証の各一、二、同第九、第十一号証の各一乃至三、同第十二、十三号証の各一、二によると駐留軍は労務者が組合員であることや労働組合運動に参加した故をもつて差別待遇乃至解雇など不利益な取扱をしないことを建前としていること、そして申請人が解雇された当時の山田部隊司令官は労務管理に優れ労務者も敬服していたことを一応認めることができるのであるが、本件においては、申請人が保安基準の(2)号に該当する具体的事実についての主張、疎明は勿論、本件解雇が「保安上の理由」に籍口してなされたものでないと首肯させるに足りる具体的事情についての充分な主張、疎明もないのであるから、未だ前記認定を覆して、本件解雇は申請人の労働組合運動を理由とするものではないと解することはできない。

従つて、被申請人の本件解雇の意思表示は、労働組合法第七条第一号に該当するものであつて無効であるといわなければならない。

三、右二の(三)において判断したように、本件解雇の意思表示は不当労働行為として無効であり且つその前提処分として同じ理由によつてなされた出勤停止処分も不当なものといわなければならないから、申請人は、依然駐留軍労務者として被申請人と雇傭関係にあるものというべく、申請人は労働の受領を拒否した被申請人に対し賃金請求権を有するものといわなければならない。

而して、申請人が昭和三十年十一月八日出勤停止処分をうけるまでの過去一年間における平均賃金手取月額が二万八百七十七円であつたことは当事者間に争がないから申請人が出勤停止処分を受けた昭和三十年十一月八日以降毎月同額の賃金請求権を被申請人に対して有していることとなるが、成立に争のない甲第六号証によると、申請人は右出勤停止処分以降昭和三十一年九月二十二日の本件解雇に至るまでの間は右賃金額の六割を支給されたが、解雇されてのちは一切賃金の支給をうけていないことが認められる。

四、そこで仮処分の必要性について検討する。

現下の社会事情においては、労働によつてのみ生計を維持している労働者が解雇によつてその職を失つたものとして取扱われ従来の収入源である賃金の支給を絶たれることは生活の途を失うに等しいから、特段の事情のない限り、著しい損害を蒙るものといわなければならない。即ち、たとえ労働者が解雇後生計を維持してきたとしても、特に反対の事情が認められない限り、労働者は解雇によつて困難な生計を営むことを余儀なくされて著しい犠牲を払つてきたものであり、現在における生計も困難を窮め、また将来における生計に非常な不安を感ぜしめられているものと解すべきである。

これを本件についてみるに、成立に争のない乙第十四号証に申請人本人尋問の結果を併せ考えると、申請人は独身者ではあるが、何ら資産を有しないためその生計は専ら自己の労働によつてのみ維持しなければならない者であること、申請人は昭和三十二年七月七日全駐労小倉生活協同組合の理事に就任し、同年十一月二日からは同協同組合の専従の理事となつて一ケ月手取約一万四千円の収入をうるようになり現在に至つていること、この理事就任は本件解雇後申請人の生計を維持するため全駐労小倉支部及び山田分会組合員の好意によるものであり、昭和三十三年六月に改選を控えているので必ずしも永続性のある就職とはいえないが、現在では一応生計を営むに充分であることは認められる。

右認定の事情下にあつては、申請人は現在生計を営むに充分で且つ将来の生計についても切迫した困難は一応ないといえるが、申請人が前記協同組合の専従の理事となつて収入をうるようになるまでの間の生計については特段の事情の疎明がない本件の場合に於て申請人は本件解雇によつて生計を営むにつき相当の犠牲を払つてきたものというべく、しかも本件解雇が無効である以上当然賃金の支給をうけうべきに拘らずこれをうけていないのであるから、右犠牲は現在に至るまでも何ら償われていないといわなければならない。(なお出勤停止期間中は、生計を営むことが困難であつたとは認められない。)

よつて、本件解雇の意思表示の効力を停止するとともに、以上の諸事情を考慮して、本件解雇の日たる昭和三十一年九月二十二日以後申請人が前記協同組合の専従の理事となつた昭和三十二年十一月二日までの間にうけうべき平均賃金手取額の合計金二十七万八千三百六十一円のうち金十六万円(一ケ月金一万二千円の割)につきその支払を命ずる必要があると認め、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎 美山和義 竪山真一)

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